近年、糖尿病の合併症の一つである糖尿病網膜症による失明が大きな問題になっています。糖尿病網膜症は、糖尿病の合併症の中でも非常に危険なもので、その症状が自覚されないうちに進行し、自覚症状が現れたときには、すでに失明の危機に瀕した状態であることがほとんどです。 家族を支える世代の患者さんですから、視力が低下すると、家事ができない、運転免許を更新できない、失業するなど、家族全体にかかる負の影響は計り知れません。
糖尿病の困った特徴は、診断された段階ではほぼ無症状で、治療への動機が持ちにくいことです。しかし放置すると、知らぬ間に視力の低下が進んで、失明を避けられない場合もあります。
糖尿病の予備軍と言われたら、すでに血糖値は高い状態です。まだ内科での治療が始まらなくても、早めに当院へお越しいただき、目が大丈夫なことを確認しましょう。そして、ご自身では何ともなくとも、眼科での定期検査を必ず受けましょう。
どれくらいに一度、定期検査を受けるべきかは、ヘモグロビンA1c、眼底の状態などを総合して、私どもから指示させていただきます。
何も症状がない時の定期眼底検査こそが、一生、仕事や運転免許を維持できる視力を維持する、カギになります。
網膜の血管は、体の中の血管で最も水分の漏出がおきにくい血管ですが、血糖値が高い状態が長く続くと血管の壁が傷み、水が漏れやすくなります。
この結果、視界の中心部である黄斑に浮腫と呼ばれる水ぶくれが生じると、物がかすんだり歪んで見えたりして、視力が低下します。これを糖尿病黄斑浮腫と言います。
これは、早期なら、血糖をコントロールすることで血管からの漏出が減って、黄斑浮腫は治る可能性があります。
糖尿病になると、眼の網膜の血管壁に、まず水分や血液自体の漏出が生じ、血糖値が高い状態がさらに続くと、血管の閉塞が進みます。血管が閉塞すると再開通は困難です。
糖尿病と診断されたら、血管閉塞が生じる前に血糖コントロールを強化して、網膜の合併症が治らない段階にまで、進行しないようにすることが大切です。
網膜の血管が閉塞すると、この血管から酸素と栄養を受け取って生きていた、網膜の神経細胞が死にます。そこで、網膜の血管から VEGF(血管内皮増殖因子)という物質が放出され、新しい血管を作って酸素を供給しようとします。しかし、新生血管は、正常の網膜血管と異なり、必要な部分に酸素を送れないだけでなく、切れて出血しやすくて、さらなる視力低下につながります。
新生血管ができると、牽引性網膜剥離と血管新生緑内障という、失明につながる病態に進行します。
牽引性網膜剥離は、糖尿病網膜症における失明の主原因です。
網膜に先に述べた新生血管が形成されると、これが網膜の無灌流領域(血管が閉塞したところ)へ伸びるのではなく、網膜と硝子体を架橋するように伸びていきます。
新生血管が、例えば一本の間は、少しの衝撃で断ち切られて眼の中に血液がたまり、赤い色で光をさえぎって物が見えなくなります。
病期がすすみ、新生血管の本数が増えていくと、衝撃があっても新生血管は切れずに、硝子体が網膜を引っ張って網膜剥離が生じます(牽引性網膜剥離)。
牽引性網膜剥離が生じると、硝子体手術を行わなければ失明に至ります。
網膜の新生血管の原因となる、VEGF という物質は、水溶性で眼の中を流れていきますから、最終的には眼内の水(房水)の排出口へ流れ、ここで新生血管を作ります。
新生血管は、排水口のフィルター(線維柱帯)を塞いでしまいますから、眼内の水の排水がうまくいかなくなり眼圧が上昇します。
この結果、異常に眼圧が上昇したのが血管新生緑内障で、通常 21mmHg 以下が正常のところ、50mmHg を超えるような眼圧上昇があり、通常の点眼薬や飲み薬では眼圧が下がりません。 急速に視野が狭くなり、視力が低下し、失明に至ります。
これには、抗VEGF薬硝子体注射に併用してのレーザーや、緑内障の手術などが必要になることが多くなります。
糖尿病網膜症を悪化させるのは、血管閉塞により酸素を受け取れなくなった網膜の神経細胞が、新生血管を作らせるために放出する、VEGF という物質です。
VEGF を抑制することが、糖尿病網膜症の視力低下原因である糖尿病黄斑浮腫の治療にもなり、さらに新生血管形成により引きおこされる、牽引性網膜剥離を予防する鍵となります。
酸素を受け取れなくなった網膜の神経細胞が産生するのが VEGF ですから、レーザーでこれらの神経細胞を凝固して間引いてしまえば、眼内での VEGF 産生が少なくなります。これが、汎網膜光凝固と呼ばれるレーザー治療になります。
これはかなり、痛みをともなう治療なので、開始しても、途中で治療を中断される患者さんがおられ、その場合には、レーザーが完成するまで、さらに失明に至る高いリスクを抱えます。
まだ視力がそれほど低下していない段階で、予防的に勧められることが多いレーザー治療ですが、これが、糖尿病網膜症を、失明原因の首位から 3 位まで下げることができた主な原因です。
レーザーを受けると今の視力は低下することがあるのですが、失明を遠ざけることで最終的には視力が救われます。
高価で、痛みをともない、見える細胞を間引いてしまうので、今の視力は落ちる可能性のあるレーザー治療ですが、近づいてくる失明のタイミングを少しでも遅らせることができる唯一の治療ですので、医師から勧められたら可能な限り、受けていただくことをお勧めします。
レーザー治療の機会を逸したり、血糖のコントロールが非常に悪かったりすると、硝子体出血や牽引性網膜剥離が生じ、硝子体手術が必要になります。
当院ではレーザー治療だけでなく、各種手術も受けることが可能です。